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2010年03月01日 第15回防災講座報告
2010年02月21日 防災講座第14回報告
2010年01月14日 防災講座第13回報告
2010年01月08日 防災講座第14回
2009年12月04日 災害時の料理のワザ(防災講座12回報告)
2009年10月08日 災害時の料理のワザ(防災講座12)
2009年09月28日 防災講座⑪報告[1]
2009年08月20日 NPO活動支援室防災講座 第12回 開催します。
2009年09月29日 NPO活動支援室防災講座 第11回 開催しました。
くにたちNPO活動支援室では「防災」を官民協働推進のテーマに掲げ、様々な講師による防災講座やイベントを開催しています。
| 回 | 講 座 概 要 |
| 6 | 防災フェアー日時 2009年2月21日(土) 11:00-15:00場所 富士見台第一団地 たまご広場
消防署の協力を得て起震車やはしご車の体験を行ったほか、介護用品の特徴を生かした防災用品(簡易トイレ、簡易シャワーなど)の紹介、家具転倒防止金具やガラス飛散防止フィルムの設置の実習などを行い、300人以上が来場しました。 暮らしと耐震場所 KFまちかどホール講師 木谷正道氏(NPO法人暮らしと耐震協議会理事長)
講演内容 1995年当時、東京都職員研修所の調査研究室長だった。1月17日の朝、職場に着いて阪神淡路大震災を知り、大きな衝撃を受けた。その後、担当する先々の部署で防災対策を推し進めた。 阪神淡路大震災の死者の8割は地震から最初の14分で亡くなっていた。死因の大半は窒息死や圧死などで、建物や家具に押しつぶされて亡くなったものである。どんなに訓練や備蓄をしていても建物がつぶれたらおしまいである。 NPO法人暮らしと耐震協議会を立ち上げ、平塚市で耐震化推進の活動を行っている。2007年11月には活動が認められ、第1回耐震グランプリで最優秀賞にあたる内閣総理大臣賞を受賞した。 平塚市は約10万世帯が暮らしているが、2万軒の住宅が耐震性無しと推定されている。まだまだ対策が必要である。 東京では墨田区が熱心に耐震改修の促進を行っているものの、2007、2008の二年度で26件の制度利用しかない。 阪神淡路大震災では6,000人を超える方が亡くなった。火災もすごかったが、風がなかったのであの程度の火災で済んだ。発生時刻も早朝の5:46だったのでオフィス街に人は無く、新幹線も走っておらず、車の交通量も少なかった。冬だったので伝染病も起こらなかった。神戸と東京では人口密度が全く違う。そうしたことを考えると、東京で起こりうる被害は阪神淡路大震災の比ではないだろう。 昭和56年以前に建てられた家に住んでいる人は耐震診断をぜひ受けて欲しい。 質疑応答 Q.地震保険について? A.現行の地震保険は有効ではないと考えている。私自身も加入していない。耐震補強をしたのに壊れてしまった住宅に支払うといった制度の変更が望まれる。 Q.古い家については耐震補強よりも建て替えが有効ではないか? A.その通りである。 Q.NPO法人の資金繰りについて? A.施工費用の数%が入ってくる仕組みになっている。 |
| 5 | 第3回 体験から学ぶ ―被災から避難所生活へ―日時 2009年2月14日(土) 13:30-15:30場所 富士見台第一団地 集会室 講師 萩野恵三・君子氏(人と防災未来センター語り部)
講演内容 阪神淡路大震災発生。あっという間に(約2秒後と専門家に言われた)家屋が全壊。一階で寝ていた夫妻は瓦礫の下に閉じ込められてしまった。君子氏は体が石膏で固められたように身動きできなかったが、幸いなことにふすまが顔の上にかぶさり、息をしたり話をするのに支障はなかった。恵三氏は最初は手足を動かせる空間があったが、絶え間ない余震のせいで天井がドンドン下がり、その上、降り続く砂埃で口も耳もふさがって、次第に苦しくなっていった。救出直前には意識も薄れて、クラッシュ症候群になりかかった。 崩壊直後には夫婦とも生きていることを確認し、すぐに助かるという希望を持ったが、直後の不気味な静けさのあと、道行く人の足音や話し声は良く聞こえるものの、こちらの声は全く届かなかった。大声を出すのは体力を使うので、あまり声を出さないように耐えていた。 やがて2階に寝ていてタンスの下敷きになっていた息子さんが何とか脱出して、両親を呼ぶ声が聞こえた。ほっとしたものの、相変わらずこちらの声は全く届かず、そのうち足音が遠ざかる。息子さんは消防署に救出を求めに行ったが、まず火事を消すことが先と断られ、再び現場へ戻ってきた。そのとき、やっと動く右足でたまたま触ったコタツの足を小刻みに蹴ることで、地上の人に存在を教えることができた。震災の大騒ぎの中、声は届かないが、こつこつ・かんかんという木材・金属などの連続音は響きやすい。いざという時のために、このことを覚えておいてほしい。 喜んだ息子さんは声の聞こえるほうに向かって瓦礫を取り除こうとし始めたが、お隣の大工さんに止められた。まず、傾いた家をこれ以上倒れないように何本もの支柱を立てることにした。絶対に横から助けようとしてはいけない、上から助け出すようにと教えられ、近所の人たちも協力して上から鋸で覆っていた板などを切りながら救助活動を続けた。最後はレスキュー隊員に助け出されたが、近所の人たちがいたからこその生還だった。息子さんに初めからご近所の人に助けを求めればよかったのにと言ったら、普段あまり話したことのない人には頼みにくかったと言う。母親は近所付き合いがあっても、父親や息子はあまりない。普段からの近所付き合いの大切さを思い知った。 何日か近所の学校に避難して、家の整理に通う。その間、一番困ったのはトイレだった。人間は2日間ぐらい水や食べ物を採らなくても平気だが、トイレだけは別だった。しばらく経ってボランティアが入ってくる頃になると、泥棒など危険な人間も出没するようになり、怖かった。地震を経験してから価値観が180度転換した。いのちを頂いたという気がして、現在の活動に至っている。 質疑応答 Q.人の救出よりも火事を消すことの方が優先ということについてどう思うか? A.一人二人を救出するよりも、大勢の人を救出できる可能性のある火事の消火を優先するというのは納得できる。 Q.救出しようとして瓦礫を片付けていて、かえって人を傷つけた場合はどうなるのか? A.難しい問題。やはり専門家が入ったほうがいいのか。このときは大工さんやレスキュー隊の方が来てくれたのでよかったが、鋸の音を聞きながら、自分の足を切らないでと祈るような気持ちだった。 |
| 4 | 第2回 体験から学ぶ ―山古志村村長として―日時 2009年2月1日(日) 13:30-15:30場所 一橋大学 西本館 21番教室 講師 長島忠美(元山古志村村長)
講演内容 新潟県中越地震発生。体が1mも飛び上がり、TVが目の前を吹っ飛び、あらゆるものが投げ出されて部屋のなかに降ってくる。村に通じる道路は全て崩壊、山一つ無くなるほどのすさまじい破壊。唯一の通信手段である携帯電話も中心から離れた山の上の一箇所のみという中で、村の状況を判断した。住民の命と財産を守るのが村長の使命、必ず戻ってきて村を再建する、それが村長の責任との強い思いを持って、翌日には全村避難を決断した。リーダーとして自分が迷わないこと(間違いは絶対許されない)、最後までやり遂げることを身上としてきた。 山古志村は人間関係が濃密で地域の人がお互いを熟知しているため、被害や避難の状況を把握しやすい。避難所でもコミュニティを統一し、集落が蘇ったのがよかった。災害は平等ではない。被害の大きい人もいれば小さい人もいる。その中で復興が進んだのはコミュニティが再生したからだろう。 最大の収穫は子供たちが問題意識を共有し、この村に生まれてよかったと村を誇りに思ってくれたこと。自然の力もすごいが、人の気持ちのすごさを実感している。形あるものの災害復興はお金があればできる。心の災害復興こそが本当の復興ではないか。 体験から学んだヒント ・携帯電話は必需品。 ・災害の時、隣に人がいることほど心強いものはない。マンションは縦長の長屋のコミュニティ。災害時にとても心強いはず。 ・防災組織などでユニフォームを統一するとよい。助けてほしいというメッセージが出しやすい。 ・災害の時、助け合える状況を作り出すこと。 ・避難所でも自分たちでやれることをやること。 ・常備薬は防災装備に入れておくこと。避難所ではケガや風邪などの薬はもらえるが、降圧剤やその他の常備薬は出ない。 ・いざというときに家族間で連絡が取れるように、遠くの親戚を中継点としたネットワークを作っておくとよい。 ・バッグの中に甘いもの(あめやチョコレートなど)や水分補給用のペットボトルを常備しておくとよい。 ・車のジャッキも災害時に有効。 ・地域で大工さんや工務店の人と協力体制ができるとよい。 |
| 3 | 第1回 体験から学ぶ ―マンションで被災して、避難所の生活へ―日時 2009年1月17日(土) 13:30-15:30場所 KFまちかどホール 講師 小林士郎氏(人と防災未来センター語り部)
講座「体験から学ぶ」シリーズでは、大地震の現場でどんなことが起きたのかを実際に被災した方々に話を聞くことにより、心の中でシミュレーションし、いざというときに冷静に行動できるようになることをめざす。 講演内容 被災の瞬間について。体が叩きつけられるような衝撃と揺れのあと、不気味な静けさに包まれる。 避難所生活について。誰ともなく近くの中学校へ集まる。やがて中学校の講堂に入り、持ってきた毛布などを敷いて座る。2、3日は何の援助も無かった。 復興について。神戸はコミュニティを再生することなく、外見の復興のみを急いだところが問題だった。 コミュニティの継続こそが大切。自主防災組織も作ったが、その後の維持、発展についてはまだまだの感がある。 心の防災の必要性について。防災の意識を心にしっかり取り入れて、自分の本能にまで高めておく。また、地域のネットワークが何よりも大切。 |
| 2 | わが町の防災マップを作ろう日時 2008年12月16日(火) 15:00-17:00場所 KFまちかどホール 講師 鵜沢氏(まちづくり計画工房)
自分たちが住む地域を防災の観点から見直してみる。そのための情報の集め方や受け取り方を学ぶ。 講座を終えて 私たちはまちをどのように見ながら歩いているのでしょうか? 消火器や消火栓がどこにどのように設置されているか知っていますか? 地域のマップを作ろうとするときの情報の集め方や歩き方を学ぶ中で、視点をほんの少し変えるだけで災害時に役立つ場所であったり、有効に利用できるものであったり、普段見過ごしている物事を改めて認識させられる講座でした。 |
| 1 | 中・高層住宅の防災対策日時 2008年11月25日(火) 15:00-17:00場所 KFまちかどホール 講師 国立市役所職員
中・高層住宅(集合住宅)ならではの防災対策を学ぶ。 講座を終えて 防災対策について、中・高層住宅と一般住宅とで同じ点・違う点をビデオを見ながら説明を受けました。とりわけ高層難民と呼ばれる、災害時にエレベーターが止まってしまう可能性のあるマンション住民が心がけておくべき対策について聞き入りました。建物が壊れなくとも家具の転倒など家の中で起こりうる危険について、自分たちでできる防災対策を考えるきっかけを与えてくれた講座でした。 |